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仙台高等裁判所秋田支部 昭和48年(う)13号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人安田忠作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一(法律の解釈適用の誤りの主張)について

所論は要するに津軽土地改良建設協会(以下単に「土改良協会」という。)はいわゆる権利能力のない社団であるから、総会の決議があればその財産は法律上正当に社員に分配し得るし、社員もこれを取得し得るものであるところ本件授受にかかる金員は、土改良協会会員の会費および賦金に基づく同協会の財産であり、これを同協会員一人当り一五、〇〇〇円宛の調査研究費として支出する旨総会の決議を経て支出されたものであつて、右調査研究費の授受は、誰が誰に支給したという主体、相手方の関係が存するものではない。しかも右金員は前記のとおり会員総有の財産が総会の決議により会員に分配されたもので、これを取得しても違法な利益ではないし、総会の決議に基づき協会帰属の財産の配分を受けた者は権利でこそあれ、恩恵的利益もしくは報酬的利益を受けたことにもならない。それにも拘らず原判決が供与主体を小野盛徳等と、その相手方を被告人とそれぞれ認定し、漫然公職選挙法二二一条一項四号、一号に該当すると判示したのは、権利能力なき社団の法律解釈および右公職選挙法の解釈適用を誤つた違法があり、いずれも判決に重大な影響を与えるもので原判決は破棄を免れない、というにある。

よつて所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果にも徴するに、原審において取調済みの土改良協会規約によると、土改良協会が所論のとおり権利能力なき社団の性格を有するものであることが認められ、さらに原判決挙示の証拠によると、次の事実が認められる。すなわち、(一)昭和四六年五月二一日午後四時ころから「よし乃」において土改良協会総会が会員四〇ないし五〇名の出席を得て開催されたがその際、同協会の昭和四五年度決算報告、昭和四六年度の予算案の承認と共に、同協会会長小野盛徳から「今回の参議院の選挙に元農林省建設部長をした梶木又三さんが全国区から出るので連合会でも応援することになつたので、こちらの土改でも応援することになつたから協力して貰いたい。そこで運動費を協会から研修費として一五、〇〇〇円ずつ会員に出すことにしてその予算を調査研究費に一〇五万円増額した。」と述べ、梶木又三の運動資金を計上した旨の説明がなされ出席した会員から異議なく承認されたこと、(二)これに基づきあらかじめ用意していた山内一郎および梶木又三の各後援会連絡所というベニヤ板製ポスターと共に同年五月二八日土改良協会事務所において一五、〇〇〇円が被告人に対して交付されたものである。ところで右協会の収入は七〇名の会員から会員が契約した建設請負金額の〇・五パーセントを賦金として徴収して充てていること、会員一人につき一五、〇〇〇円を調査研修費の名目で交付しようとの考えは前記のとおり同月二一日の役員会で山内一郎および梶木又三の選挙運動のため会員に分配することが発案賛成され、これを前記総会にかけて出席会員の同意を得て議決されたものであつて、なるほど所論のとおり分配交付された金員は、土改良協会の財産に属しまた分配交付についても形式的に土改良協会の総会の議決を経たことは所論指摘のとおりであるが、そもそも一人につき一五、〇〇〇円宛の金員支出の経緯は調査研修費の名目が使われているものの実質は投票ないし投票とりまとめ等の選挙運動のための資金であり、報酬的利益性が認められ、かように本来の土改良協会の目的外の不法な金員の支出については、協会が権利能力なき社団であり、分配交付された金員が本来協会の財産であるとしても実質的に対外的、対内的に協会を代表し、その分配交付手続に主導的立場にたつたものは、公職選挙法二二一条一項四号、一号の供与の主体となり得るものであり、事情を知悉してこれを受領したものはその相手方たる地位たり得るものであつて、原判決が小野盛徳等を供与主体に、被告人をその相手方とそれぞれ認定したのは正当であり、原判決には所論のごとき法律の解釈適用の誤りは些も存しない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二(事実誤認の主張)について

所論は要するに本件授受にかかる金員の性格については、それが買収金の供与とみるかまたは純然たる調査研究費とみるか必ずしも証拠上明らかでないのに、これを買収金の授受と認定した点ならびに被告人には選挙のための買収金であることの認識がなく、したがつて犯意がなかつたにも拘らず被告人の犯意を肯認した点において原判決は、採証法則を誤つた事実の誤認があり、判決に影響をおよぼすものとして破棄を免れない、というにある。

しかしながら記録を精査するに、原判決がその挙示する証拠により被告人に対して供与された金員を買収金と認定し被告人の犯意を肯認したのはまさしく正当であつて、所論のごとき採証法則を誤つた誤認は存しない。すなわち被告人は調査研修費の名目で一五、〇〇〇円を土改良協会事務所で受領したこと、についてはこれを認める供述をしている一方その趣意については原審および当審における公判廷においていずれも選挙に関係がないと思つた旨述べて否認している。しかしながら記録によると、被告人はそれまで土改良協会に対し賦金を一度も納入した事実がないこと、一五、〇〇〇円を受領した際協会事務員から山内一郎および梶木又三のポスターを持つていくよう告げられていること、調査研修費の名目で支給されながらその使途について協会役員から何らの指示説明がないにも拘らず被告人は何らの疑念をはさまずこれを受領していること、しかも右金員は同年六月病院に入院した際の治療費として費消しているのであつて、以上の事実に原判決挙示の南久之進の検察官に対する供述調書謄本五通、浜田悦郎の検察官に対する供述調書等を総合すると、原判決がこれらを含めてその挙示する証拠によつて原判示認定をしたのは正当であり、所論のごとき誤認はなく、論旨は理由がない。

(なお職権をもつて調査するに、原判決が証拠の標目中に掲げている原審相被告人平田隆造の司法警察員に対する供述調書および検察官に対する供述調書謄本ならびに被告人の司法警察員に対する供述調書および検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書謄本については、原審第一回公判期日において検察官から証拠調の請求がなされたのに対し、右各被告人の弁護人は刑事訴訟法三二六条の同意、不同意の意見を留保したまま公判期日が経過していたもので、原審は同第六回公判期日において右各調書(謄本)の証拠調べの決定をなし、直ちにその取調べをしたことが右公判期日の調書上明らかであるが、同調書を含め原審第五回までの公判調書には右各弁護人の意見の記載のないことも明らかである。したがつて原審が弁護人の意見を確かめることなく証拠調べをしたのであれば刑訴法三二六条一項の規定から許されず訴訟手続に違反あるものといわざるを得ないところ、原審においても被告人の弁護人であつた当審弁護人は、当審第六回公判期日において右各調書(謄本)についてはいずれも被告人に対する関係で同意している旨陳述しており、右陳述によれば、弁護人は右調書の証拠調べに同意したにも拘らず、原審公判期日調書には弁護人の意見が脱落しているものとみるべきであつて、結局原審の訴訟手続には何等の瑕疵も認められないこととなる。)

よつて本件控訴は理由がないので刑訴法三九六条によりこれを棄却することとして主文のとおり判決する。

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